「屈み(かがみ)」から「我」をとると「かみ」になる

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人生は浮き沈み

沈んだ時は「いっときの屈み(かがみ)」のようなものだと思うようにしました


なぜそう思うようになったのかというと、




いま、スピーカーで新しい発明をしてとっても、幸せだと思っています



この原因を探っていった時、

いままでに経験したさまざまな出来事があったからこそ、

今の喜びがある!



そのように感じました



辛いことも、それが欠けてはいまの自分はない



たとえば、子供の頃から偏頭痛で、それがきっかけになり

ヨガに興味を持ち始め、

パラマハンサ・ヨガナンダの著書に刺激されて、世の中の役に立ちたいと願い

同じ頃、人前でダンスをするなんてありえないと思っていたら、スピリットダンスと出会い

そのとき持っていたタイムドメインスピーカーの音色が最も踊りやすいとわかり

もっと大きな音で楽しみたいと、スピーカー作りに挑戦し

硬い筒では失敗したものの、

ヨガをしていたおかげで足元にヨガマットがあり

やわらかいスピーカーが誕生した


子供の頃からも、うどん屋をしていてからも、偏頭痛は悩みの種で

どうしてこんな体を持って産まれてきたのだと恨めしく感じたこともたびたびありました



しかし、今はもう「それでよかった!」と思うようになりました



それがなければ、今の喜びはないです



同様のことは幾らもおもいつきます



これって、今、幸せだと感じていたら、

今までの過去の人生すべて肯定的に受け止められる

ということだよね


逆に、今、不満だらけだったとしたら

今までの過去の人生がすべて否定されてしまう



そう考えると、

いますぐ、過去は書き換えることができるということ



起こってしまったことを、変えることができるのは神の技なのだと



そこで、屈み(かがみ)の話にもどるのですが、

今自分が不幸だと感じているとしたら、それは屈んでいるときなのだと


幸せになるための種まきなのかもしれないって

そう考えると、心が明るくなって

屈んでられなく、いつまでも不幸な感情を引きずることがなりそうです



で、一番の本題はこれからです

いつまでも不幸を引きずる人は「我(が)」の強い人です


我が強い人はいつまでも、自分は正しい、相手は間違っていると自説を曲げません

悪人は悪人のままです


悪人が幸せを運んでくるなんて、とんでもない!


『かがみ(屈み)』から『が(我)』をとると・・・・・・


『かみ(神)』になる


それが言いたかっただけです




同じことで、『鏡(カガミ)』に映る自分から「我」をとると「カミ」になるという話もあります

なんだかにてますね



▼イベントあんない

2017/3/26【那覇】抱っこ&じゅうたんスピーカー教室

https://www.facebook.com/events/230833007388765/


2017/4/2【盛岡】心身の健康の話と抱っこスピーカー教室

4月14日・15日【大阪】手作り抱っこスピーカーWSとミニクリスタルボウル演奏会

4月22・23日【八戸】抱っこスピーカー作り教室





受け入れること、共振すること、名前から読み取る使命

二つの出来事があるとします

携帯電話のアラームが鳴る
消す
また鳴る
消す
また鳴る
消す
いつまでも繰り返す


というのと、


アラームが鳴る
消えない
頑張って消そうとする
消えない
音の届かないところに逃げようとする
逃げられない
諦めて聞き続ける

というのがあった場合、

諦めたほうが、ストレスがないそうです

それに近いサルの実験でも明らかなそうです


そんなこと無いんじゃないかと思ってみたのですが、

うどん屋をやっていた時、冷蔵庫や換気扇の音が大きくて気になりました

ところが、仕事に集中しているうちに、全く気にならなくなりました

お遍路さんをしている時、山の中の道ばかりから久々に街に降りると、車の排気ガスがとてもきになりました

ところが、すぐに慣れて全く意識しなくなりました


もしも、これに戦っていたらどうでしょう?


静かな冷蔵庫や換気扇を買い求める
やっぱりきになるので、もっと静かなものを求める
それを繰りかえす


車の排気ガスが気になる
街に降りられなくなる
排ガスの危険さをうるさいくらいいいふらす


戦えばストレスが増しますが、

順応すれば気にならなくなる、問題が無くなる、解決するのです

問題を攻撃すればするほどに相手は拡大する


先日発見した痺れに効く周波数64Hzもそうで、ビリビリの周波数は64Hzであることが分かったので、それを当てると痺れが気にならなくなる


手のひらスピーカーは発声訓練にも使用されます

手のひらスピーカーを胸に当てて、

その声の振動と同じ声を発声すると、振動を感じなくなります

それで、聞こえない人にも

「あっ、同じ声を出している」って気がつくのです

共振は対人関係の不満にも使えるのだと思います



そこで必要な考え方が、『やわらかさ』



聖徳太子も

「和らぎをもって尊し」

と言ってます



話は変わりますが、

人の名前には使命が隠されていると言われます


わたしの仕事、柔らかいスピーカー

婿養子になって今の姓は『菅 』

『管』だと竹筒のように硬いもの

『菅』だと、草かんむりなので、ネギのような柔らかい筒

ちくわという話も


わたしのスピーカーの構造そっくり!

順一の『順』は、順応とか、柔順


共振の振動を利用できるのも、柔らかく音に柔順だからこそ

あれれれれ・・・・

何かが見えちゃってきたのかも


【イベント案内】

2017/03/20【松山】じゅうたん・手のひらスピーカー作り教室

https://www.facebook.com/events/594939067362428/

手作りで聞く据え置き型で最高のスピーカー!



2017/03/21【松山・三津浜】スピリットダンス

https://www.facebook.com/events/1173340619430175/

自由に踊るダンス


2017/3/22抱っこスピーカー手作り教室 at ユーキチ

https://www.facebook.com/events/1251408101622157/

抱っこスピーカーのステレオタイプ(2本)もつくれます


2017/3/26【那覇】抱っこ&じゅうたんスピーカー教室

https://www.facebook.com/events/230833007388765/


4月14日・15日 【大阪】抱っこスピーカー教室と、演奏


世界一やわらかいスピーカーによる、世界一やわらかい踊りが世界を救う

新・ハトホルの書
↑この本に添付してある音楽CDはわたしの中で最高!と言えるなかのひとつです


その中の「みずからを開くことへの恐れ」から、引用してスピリットダンスを考えてみました
人類の多くは、幼児期のはじめに周囲の大人たちの意図に屈するよう、エネルギーを無理やり歪められています。そしてそのさいに感情体やメンタル体にも否定的体験を刻み込まれます。そのため、自由が恐れの原因になってしまっているのです。 

わたしはスピリットダンスを主催しています。


スピリットダンスとの出会いは15年くらいまえ、京都で開催されたマイケル・J・ローズの瞑想会で、彼の本を翻訳している山川紘矢さんが二次会でスピリットダンスを開催してくれたのです。


当時の日記がありました。確認したら2002年ですから、14年前でした。


わたしは「踊るうどん永木」という屋号をつけていながら、本人は踊る人ではなかったのです。


踊ることそのものが苦手で、人生の中にダンスは縁がないと思っていたのです。


それが、このスピリットダンスで、踊れてしまったのです。。。。。。


世界中のいろいろなジャンルの音楽に合わせて身をそれに委ねる・・・


音楽とまわりの雰囲気もあって、くるくる体が動きだす・・・・


踊りといえば、誰かの真似をしてテキスト通りに踊るのを想像していたのですが、これは覚えることの苦手なわたしに丁度いい!


まわりにも人がいるけれども、みんな思い思いに踊っているので誰かに見られている感覚もない。。


心も開放的になって、とにかく気持ちよかったのです。


そこで、当時わたしのうどん屋にはタイムドメインYoshii9(ヨシイ9)という、すごい音のスピーカーがあり、それを公民館などに持って行って降り注ぐ音でダンスをするようになったのです。


今までも続けています。


今のスピーカーの発明にも大きなきっかけでした。


ヨシイ9はすばらしいけれど音量がもっと欲しい・・・・それがきっかけでした。
↑詳しくはこちらに・・



社交ダンスも習ったことがあります。


その先生にスピリットダンスのことを説明したら、


「それ、日本人には一番苦手なダンスなのよね」


と言いました


日本人は形を真似るのが得意で、自分の感性に身を委ねるというのが苦手なそうなのです


それは明治の富国強兵政策からの教育がそうさせていると聞いたことがあります


いいものを真似ることは得意でも、自分で新しいものを作り出すことができない日本人というのはそこから始まってしまったようなのです。


江戸時代の日本人は今よりラテン系の性格だったそうです。


そこでこの言葉を見たときに、腑に落ちました
人類の多くは、幼児期のはじめに周囲の大人たちの意図に屈するよう、エネルギーを無理やり歪められています。そしてそのさいに感情体やメンタル体にも否定的体験を刻み込まれます。そのため、自由が恐れの原因になってしまっているのです。 

日本で自己表現が苦手だったり、自由に踊るダンスが広まらないのは、自由になるのを恐れてしまっているからなんだと・・・・・


今の日本はとても閉塞感が強いです


まるで、鎌倉時代の元寇で日本が暗く沈んで不安になったとき、一遍上人の踊り念仏が広まったように、、、、


まるで、アマテラスが岩屋に隠れて困った時、アメノウズメが踊ってアマテラスの心を動かしたように、、、


この不安な世の中を終えるの踊りだとわたしは思っています


踊りの中でも最もいいのが、振り付けなく自由に踊るダンスです


誰でもできて、優劣もありません


自分の体力、能力に合わせて踊りますから、病人でも目の見えない人でもできます


聞こえない人でも抱っこスピーカーリュックスピーカーなら、楽にリズムを感じる事ができます


初めて参加の人には、ほんのちょっとだけアドバイスをしてスタートします


はじめは恥ずかしいと思うことがあるのですが、すぐに慣れます


だって、だれもが自分の踊りに夢中になって、見てませんし、だから誰も評価しないし


ともかくやってみてほしい・・・


自由に踊ることってこんなに楽しいんだ!


新しい自分を発見できた!


頭をからっぽにしたほうが、踊れる!
(考えると体が重くなります)


踊りながら瞑想しているみたい!


自由にしていていいんだ!


自由に踊っていると、勝手に体が整えられているみたい!


このスピリットダンスは、頭をからっぽにして踊っているうちに体のバランスが整えられます。
ヨガのレッスンはポーズを真似て体を整えますが、スピリットダンスは教えてもらわなくても、勝手に自己補正する感じです。


たくさん踊って、疲れているはずなのに、終わったらやる前よりも元気で、よく眠れ


爽快に起きられます。



世界一やわらかいスピーカーによる、
  世界一やわらかい踊りが世界を救う(笑)


そんな妄想を抱いています



今週盛岡市で開催します!
11月14日か15日くらいにも、松山で開催します

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10月28日開催 盛岡市スピリットダンスの会


【脳科学】~ついてるを言いたくなる話

下記のリンクからひらめいたことでFacebookで書いたところ、反響が大きかったのでブログにも書いておきます。

【えっ!!!】人の悪口を言うと、自分自身が傷つく理由。【脳科学】

魂の性質は光なんだと改めて思いました。

リンク先の話の中で脳は主語を理解できずに、誰かと自分を区別できないのだそうです。

だから人の失敗を願うと自分が非難されたように反応し、他人を賞賛する人は自分が賞賛されたように感じる。

Aさんを非難することは、自分の光を弱めてAさんを光らなくさせている。自分の光を弱めるから、今までは気にならなかったBさんやCさんまで光が弱くなって、あらが見えるようになり非難し始めるという具合。

タイガーウッズが勝ちたい試合ほど、相手の成功を祈るというのにはしっかりした理由があったのです。

納税者番付け日本一を連続した斎藤ひとりさんも「ついてる」をどんどん言おうと言ってますし、何年か前、初出場で全国高校野球で優勝した済美高校でも試合開始前に選手みんなで叫んでました。

ついてるは運がいいというだけでなく、(光が)ついてるともとれます。
(目指すところに)ついてるとも言えます。

ついてるついてるを言うと、どんどん魂の光が強くなって、いままで気になってたAさんの悪いところが気にならなくなり、逆に賞賛したくなることが出てきます。

ダイヤモンドを手にしても光を当てないと輝きません。その光源は自分自身です。暗い人にはダイヤモンドが輝かないので価値がわからないのです。

だからついてる!
これでいいのだ!!


バカボンパパが生まれたときに発した言葉は

さらに別の所から引用します


紹介します。





 バカボンのパパが生まれて初めて発した言葉は、「天上天下唯我独尊」です。





補足1:バカボンのパパとは、赤塚不二夫の漫画『天才バカボン』の主人公です。
もともとはハジメちゃんをも凌ぐ天才児で、家庭教師をつとめたり自動車の修理を簡単にこなしたりしていましたが、
アクシデントによってバカになってしまいます。
モデルは作者である赤塚の実父といわれています。


補足2:天上天下唯我独尊とは、我は世界のうちで最もすぐれた者であるの意。
釈迦が誕生するとすぐに、四方に七歩歩み、右手で天を指し、左手で地を指して唱えたといわれる詩句。


補足3:赤塚不二夫公認サイトの質問コーナーで、
『なぜバカボンのパパは、生まれてすぐに【天上天下唯我独尊】と言えたのですか?』
という質問に対して、
『「シャカナベィビー」だからなのだ!』
と答えています。



シャカナベイビー(釈迦なベイビー)がすっかりツボにはまっちまった