踊るうどん永木2代目の菅原さんが他界されました

  • Day:2016.04.07 18:59
  • Cat:日記
踊るうどん

踊るうどん永木

わたしが平成10年に立ち上げて10年

うどん屋を立ち上げる時から日記をアップしておりました

いまもあります

うどん屋を経営するのに飽きてきた2000年の1月

心を入れ替えるために、歩き遍路をするようになったのです

うどん屋は10年目に突入

「10年一区切り」というメッセージが湧いてきた翌年・・・

とんでもないスピーカーを発明してしまい

キャンディーズの解散宣言のごとく

「うどん屋をやめます!」と宣言しました

あのときはお客様を本当にびっくりさせてしまいました

その後、何人かの方からうどん屋を継ぎたいと、お声をいただき

一番熱心で店からも近く、ちょうど居酒屋を経営しようとおもっていた矢先だったというグッドタイミングの

常連さんの菅原さんにお店をまるごと継承していただいたのです

それから7年が過ぎ、お店も繁盛しておりました

びっくりするほど、味もそのままで、

先月も、松山に帰った折には笑顔を見せてくれていました

休むと味が変わってしまうのが嫌だからと、休みもほとんど取らず、働いて

夜には子供達に柔道を教え、本当に元気いっぱいでした


ところが、お店で倒れたという連絡を受け、一時は呼吸停止したものの

いったんは呼吸を取り戻し

きっと菅原さんなら大丈夫と念じておりましたが

4月3日に他界されました

「・・・・・・」

しばらくして、思わず

「コラッ!」

と口からこぼれました

それしか言葉がない、、そんな感じでした


それからお葬式に出席のため松山に向かいました

sugahara.jpg
ほんとうに楽しそうにうどんを作っておりました


菅原さんを偲び大変多くの方が駆けつけておりました

踊るうどんをこよなく愛してくださっていた『嘉門達夫』さんや、総合格闘家の『小川直也』さんまでもが花を贈ってくださっておりました

柔道関係の方が大変多く、その世界に残してきた功績がほんとうにすばらしかったのだと、びっくりしました


帰りに、元踊るうどんのスタッフで現在エンサウンド松山の重村さんと、踊るうどんのスタッフ岡崎さんと、踊るうどんのとなりにある三津浜焼きの『ひよこ』に食べに行きました

そうしたら、岡崎さんが常連さんの中川さんを見つけ、一緒に思い出を語り合いました

中川さんはわたしが、踊るうどんを開業する前の日記のときから、見ていて

そんなに自画自賛するようなうどん、試しに食っちゃると、

開店のときから、ずっと今まで常連さんでいてくれたのです

この最近は週に5日くらいのペースだったそうです

しかもここから30分はかかる久谷から

こんなお客様に踊るうどんは支えられてきました


この先、踊るうどん永木をどうするかということは、まだ落ち着いてきてからだと思います


菅原さん、

葬儀や、こっちの会話を、空からみて、なにいいよんやろ


<イベント予定>

4月22日 【盛岡】スピリットダンスの会
https://www.facebook.com/events/1079122698796213/

4月22日 【盛岡】音の学校
https://www.facebook.com/events/1544904639139620/

5月3日 【東京】絨毯スピーカーとハンディスピーカー作り教室
https://www.facebook.com/events/1684242351854305/

5月5日 【東京】音の学校
音の周波数の講座、スピリットダンス、抱っこスピーカー作り
https://www.facebook.com/events/1603605509962491/

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